清岡卓行関連エントリー

清岡卓行と「バッハの背中」

... 旭屋書店で6月に亡くなった清岡卓行さんの詩集『ひさしぶりのバッハ』(思潮社)を買う。 悲しみの余震のなかを 去って行くバッハの背中。 他人の破滅をふかくいつくしむ端正。 自分の破滅ときびしくたたかう端正 。 詩はこういう言葉ではじまる。 ...

清岡卓行と「バッハの背中」

清岡卓行という人

... 先日あちらこちらのブログを覘いていたら、詩人の清岡卓行が亡くなってちょうど一年が経っていることに気が付いた。 この人の名前を知ったのは ... 清岡卓行という名前は原口統三やその友人橋本一明の名とともに、いや彼ら以上に ...

清岡卓行という人

[感謝][本]清岡卓行

... きみの 絶望 が 希望 と手をつないで戻ってくることを きみの 記憶 と 地球 の円周を決定的にえらぶことを 夜の眠りのまえにきみはまだしらない (「氷った焔」10 清岡卓行 ) amazon:清岡卓行 現代詩と私 昨年 「手の変幻」 - Emmaus’ を読み返し ...

[感謝][本]清岡卓行

清岡卓行さんよ永遠に

... 文学少女(すいません言ってみたかっただけです)時代に読んだ清岡卓行の「アカシヤの大連」しか知らない私。5月になると大連ではアカシアの花が咲き ... を発案したとは知りませんでした。合掌。 詩人・作家の清岡卓行さん死去 (6/5朝日新聞)

清岡卓行さんよ永遠に

追悼、清岡卓行

... 精神の純粋性、純潔の論理、清岡卓行によって、原口は詩と出会い、詩人というものを知ったとされる。 ■原口が詩人だったかどうか、それはわからない。しかし清岡卓行はそのときすでに詩人だったのである。ランボーにあこがれ ...

追悼、清岡卓行

清岡卓行とは?

清岡卓行(きよおか たかゆき、1922年6月29日 - 2006年6月3日)は、日本の詩人、小説家。
中国の大連生れ。東京大学文学部仏文科卒。
妻は作家の岩阪恵子(いわさか けいこ、本名 清岡惠子)。
ロシア・日本の租借地であった中国の大連で、生まれてから敗戦による本土引揚げまでの20数年間(本土での一高、東大在学時を途中に挟む)を過ごす。大連という歴史的重層性と澄明な風土を備えた空間性のなかで育まれた感受性は、後の作品群に大きな影響を及ぼす。父母の生地は高知県であるため高知県出身の有名人一覧にも記載されている。
彫琢された正確さと豊饒な官能性の複合体というべき文体によって生み出された作品群は、詩と散文に判然と区別されるというよりは、石川淳が指摘したように、その双方のジャンルの枠を読者に思考させる質を備えている。そこに全体として通底しているのは、高橋英夫が指摘するような音楽性である。反時代的に抒情詩の可能性を拓き続けたこの孤高の詩人は、死後平出隆によって「純粋を貫いた詩家」と評された。

清岡卓行の詳細